インタビュー「神保町の個別性、多様性 ー これからの神保町を考える」 (石橋毅史さん、『口笛を吹きながら本を売る』著者)

木村文音(3年) 中久喜志穂(3年)

11月10日のゼミでは、フリーランスのジャーナリストとして活躍されている石橋毅史さんに大学へお越しいただき、ソーシャルディスタンスを保ちながら対面でお話を伺いました。石橋さんは主に本の世界に携わる方について執筆されており、これまで『口笛を吹きながら本を売る』(晶文社)『本屋がアジアをつなぐ』(ころから)などの著書を出版されています。

私たちはゼミで神保町の街づくりについても勉強しています。今回はこれまで神保町の本屋に携わってきた石橋さんに、事前にお送りした質問に答えながらお話をしていただき、最後に追加の質問にもお答えいただきました。

「書くこと」との出会い

初めに、石橋さんが本に関わるようになったきっかけについてお話しいただきました。石橋さんは大学卒業後、出版社で勤務されていました。しかし、出版社に入った理由は“しょうがなく”だったそうです。

石橋さんは大学時代に小人プロレス(低身長症の方が女子プロレスの前座で行うプロレス)に魅せられました。そのときにレスラーの方にお話を聞き、文章にしてキャンパス誌に載せたことがきっかけで書くことに興味を持つようになったそうです。就職活動の時期に他にやりたいこともなく、漠然と物を書いて食べていきたいとは思っていたものの、インタビューした記事を出版社に持っていってもどこにも相手にしてもらえませんでした。最終的に集英社の副編集長に「もっと社会経験積んでからのほうがいいんじゃないの?」と言われ、“仕方なく”出版社に入社されたとのことです。

出版社では何か文章が書けると淡い期待を抱いていたものの、実際は営業として本を置いてもらえるようひたすら書店を回る毎日でした。石橋さんは出版社で働いた約2年は本当に辛かったと言いつつも懐かしそうに語られました。北海道と沖縄を除く都府県を回る中で様々な書店を見る機会があり、現在もその経験を活かし執筆されているそうです。営業は自分がやりたかったことではなかったけれど、今考えると現在の活動につながるいい経験だったとおっしゃっていました。

その後は「新文化」の新聞記者として13年間記事を書き、より幅広いことを書きたいと現在はフリーランスに転身されました。

「個別的」という捉え方

次に、著書『口笛を吹きながら本を売る』についてお話を伺いました。この本は、かつて神保町にあった岩波ブックセンターの代表、柴田信さんへの3年間にわたる密着をまとめた書籍です。岩波ブックセンターは柴田さんが亡くなる2016年まで神保町にあった岩波書店に関係する書店で、現在は跡地に神保町ブックセンターが入っています。柴田さんは約50年もの間、現場に立ち続け、1991年から毎年行われている神保町ブックフェスティバルを立ち上げた中心メンバーでもあります。

石橋さんは柴田さんに関するお話の中で「個別的」という言葉を強調されていました。個別的とは個性的という意味ではなく、一人ひとりが自分の生き方を尊重されている、類型的には当てはまらないその人らしい生き方のことです。この考え方は書店や街にも当てはまります。柴田さんは、岩波ブックセンターのこれから、三省堂書店のこれからなど各書店のこれからはあるけれど、本屋のこれからというものはないとおっしゃっていたそうです。同様に、「神保町のこれから」はあるけれど、「これからの街づくり」と一括りにすることを嫌っていたそうです。柴田さんは常に具体的に、それぞれの個性をかき集めて街がどうなるかという個別性を重視されていました。

学生相手に栄えた神保町

次に神保町ついてお話しくださいました。一言で言うと神保町は学生ありきで成り立った街だそうです。明治時代に多くの大学ができたことで、学生相手に儲けようと本屋やスポーツ用品店、楽器店が発展しました。

石橋さんは神保町を表す言葉として、「多様性」と表現されていました。一例として神保町には中国書専門として他に類をみない内山書店や、日本全国から人が訪れてくる韓国専門ブックカフェのチェッコリがあります。このような「他の地域では多数決からこぼれてしまうような存在を救える、答えが出ないようなものと向かい続けられる、様々な方向性の考え方を受け入れられるのが本の世界」という言葉が印象的でした。国籍や古い新しいを問わない多様な書店が存在すること、そしてその文化を認める文化が存在することが神保町の特徴だと感じました。

無視という名のもてなし

神保町において書店が果たす役割について、街歩きを柔軟にしてくれるとおっしゃっていました。本屋の良さは、何も買わずに店を出てもいいところです。

石橋さんは、ほとんどの古書店の店主は挨拶をしないと言います。それは決して悪い意味ではなく、無視という名のもてなしだそうです。店に入るたびに声を掛けられては何か買わなくてはという意識が働いてしまいますが、ほっといてもらえることで気楽に店を回ることができるとのことです。これを聞いて、なるほどそうだったのかと思いました。

古本屋に江戸っ子なし

次に一般的な書店と比較した神保町の古書店ならではの魅力は何か伺いました。神保町の古書店の魅力はなんといっても専門性の高さです。世界を見回しても百数十の書店が集積された街はないそうで、神保町は街全体が大きな本屋のようになっています。それぞれの店が特定の分野に関して専門的で、他の書店では代替が利かないのです。

さらに、言ってしまえば綺麗なものではない古本が、街を彩る花であり街の経済を成立させる武器だとおっしゃいます。街は常に新しさを求められますが、神保町は逆行して古いものを商売道具にしているのが特徴です。柴田さんが残した言葉に「古本屋に江戸っ子なし」というものがあります。ここでいう江戸っ子とは周りの誰かのために一肌脱いで自分を犠牲にできる人のことを指します。多くの古本屋は周りに関心がなく、自分の店の儲けのために商売をやっているというスタンスを崩しません。一見悪口を言っているようですが、このスタンスだからいいそうです。本という文化的なものを扱う高尚さと、それを巧みにお金に換えるずるさを併せ持ち、大人の生き方を教えてくれるのが神保町の魅力だとおっしゃっていました。

これからの神保町

一方神保町の課題についてもお聞きしました。バリアフリーや街全体で行う本の在庫一括管理システムなども挙がりましたが、柴田さんのようなリーダーの存在が必要だとおっしゃっていたことが一番印象的でした。石橋さん曰く、それこそ柴田さんは江戸っ子気質で、神保町ブックフェスティバルなどをやろうよと言ってみんなで楽しむことが好きだったそうです。石橋さんは柴田さんのような、リーダーとして先頭で引っ張っていくわけではないけれど、そばで見守り、時々助けたり支えたりする存在が大切だと言います。江戸っ子が少ない街であるからこそ、柴田さんのような横のつながりを作っていける人物の存在が重要なのではないかと感じました。

次に学生からの質問に答えていただきました。

「石橋さんが本屋を取材している中で、ご自身が本屋をやろうと思った経験はありますか?」

石橋さんは本屋を取材する中で、ご自身が本屋をやろうと思ったことはないそうです。というのは、元々物書きになりたいとのお考えであったことや、本屋を対象とした物書きをしていく上で、ご自身が本屋をやってしまうと本屋と対峙した存在ではいれなくなってしまうと考えているからだそうです。本屋の人が本屋についての文章を書くのではなく、外の視点から見た本屋について書きたいとおっしゃっていました。

「今後本屋以外に取材や執筆のテーマにしたいことは何でしょうか?」

二年前にお父様を亡くされた石橋さんは、介護に関しても関心があるそうです。介護を受ける側は自分の状況を理解しながら介護を受けることになりますが、人はどうして介護を受けなければならないのかについて考えることが増えたとおっしゃっていました。

また、香港の政治的言論の不自由さについても関心があるとのことでした。日本にいる限り言論の自由について意識することはあまりないものの、すぐ近くの国ではそれが担保されていない現実について問題に感じているとのことです。

「物書きである石橋さんにとってのいい文章、面白い文章とはどのようなものですか?」

現代ではインターネットが普及し誰もが簡単に文章を発表できますが、自分の考えを伝えるという意味では、しっかりと推敲された文章こそがいい文章であるとおっしゃっていました。初歩的な部分では接続語の使い方や、流行語をあっさりと使用しないこと、自分にしかできない言い回しをもっと追求することが大切なのではないかとおっしゃっていました。

また、文章を何度も繰り返し書き直すことで思いもしなかった結論にたどり着くこともあるとのことでした。考えに考え抜いて生まれたものには価値があるとおっしゃっていました。

「長く神保町に関わって来られた中で、町に変化はありましたか?」

 石橋さんが出版社の営業をされていた時代には手厳しい本屋の店主も多くいたようですが、最近ではそのような人が少なくなってきたように感じているとおっしゃっていました。本が売れなくなっていることもあり、人柄も丸くなっていっているように感じているとのことでした。また、本屋だけでは経営がうまくいかないということを認識し、カフェを併設するなど新たな試みが生まれているとのことでした。

さいごに

お話を通して、「個別的」、「多様性」という言葉が神保町の古書店だけではなく、喫茶店や楽器店を含めた神保町全体を端的に象徴しているように感じました。私たちはこれまで古書店、喫茶店と一括りにして共通点を探すことばかり考えていましたが、それぞれの店に特徴があり、それらの個が集まることで厚みのある街が生まれるのではないかと考えるきっかけになりました。

石橋さんは日頃から文章を書かれていることもあり、講義中も例えや表現が豊かでお話がすっと内側に入ってきました。また、柴田さんをはじめとする様々な方の言葉をとても大切にされていることが伝わりました。

私たちの通う明治大学がある街について、本屋の近くにいる存在である石橋さんのお話を伺えて光栄でした。今回のお話を今後のゼミの活動をする際にも参考にさせていただきます。石橋さん、この度は貴重なお時間をありがとうございました。

 

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