移民の記憶とコーヒーのルーツをたどって ─ JICA横浜 海外移住資料館を訪れて

7月21日、ゼミでJICA横浜海外移住資料館を訪問しました。日本におけるコーヒーの消費が多い背景には、ブラジルなどへ渡った日本人の移民の歴史の関係が関係しています。海外移住資料館では、日本人の移民の歴史が多角的に紹介されおり、非常に学びの多い時間となりました。

資料館ボランティアによる展示解説の様子

日本人移民とコーヒー

資料館のボランティアガイドの方から丁寧な解説を受けながら、展示を見学しました。ブラジルなど中南米で活躍した日本人移民のコーヒー栽培の様子を表した展示もありました。ブラジルをはじめとする中南米で活躍した日本人移民のコーヒー栽培の様子や、移民たちの農業開拓の実態がリアルに表現されていました。

ブラジルでは、1888年に黒人奴隷制度が廃止され、黒人奴隷は解放されました。それにより、特にコーヒー農園などの大規模プランテーションで、深刻な労働力不足が発生しました。この労働力不足に対処するため、代替労働力として導入されたのが日本人移民でした。

1908年には、日本とブラジルの間で協定により最初の日本人移民が笠戸丸で神戸港から出発し、ブラジルに到着しました。現在でも、UCC(上島珈琲)石光商事といったコーヒー関連企業の本社が神戸にあることからも、その歴史的背景が色濃く残っています。

ブラジルの日本人移民によるコーヒー栽培の紹介パネル

ブラジルの日本人移民によるコーヒー栽培の紹介コーナー

ブラジルに渡った移民たちは、熱帯の森林を切り開き、農地として開拓しました。

ブラジル・サンパウロ州内陸部にある日本人移住地「アリアンサ」(ポルトガル語表記:Aliança)は、その代表的な例です。多くの日本人移民がこの地でコーヒー栽培に従事し、やがて綿花・果樹・野菜など多様な作物にも拡大していきました。

アリアンサ開拓を象徴する「最初之植民地跡」碑の再現

アリアンサ開拓を象徴する「最初之植民地跡」碑の再現

日本人移民の生活の様子

海外移住資料館では、南米以外のアメリカ本土、カナダ、ハワイなどに渡った移民の展示もありました。

特に、日本人移民が経営していた雑貨店を再現した展示では、キャンディーやビスケット、醤油の木箱などが並び、当時の生活の雰囲気を体感することができました。

再現された雑貨店に並ぶ商品類(キャンディー、醤油箱など)

再現された雑貨店に並ぶ商品類(キャンディー、醤油箱など)

また、ブラジルのシュラスコやフェイジョアーダ、さらには日系人によって生まれた「スパムむすび」など、移民たちが食べていた料理の展示も印象的でした。

 移民先の料理展示

移民先の料理の展示

英領カナダ、合衆国西北部およびアラスカのサケ漁

英領カナダ、合衆国西北部およびアラスカに渡った日本人が従事したサケ漁の様子を再現した展示では、天井から吊るされたサケや、木箱入りの缶詰や漁具などから、当時の労働環境がうかがえました。

日本人移民が働いていたアラスカのサケ缶工場の模型展示

日本人移民が働いていた英領カナダ、合衆国西北部およびアラスカのサケ漁の模型展示

アメリカ・オレゴン州の日系農民が作ったパレード用の山車(フロート)

資料館の入り口近くにはアメリカ・オレゴン州に移住した日系農民たちが参加したパレードで使用された山車(フロート)を再現した展示もありました。日本風の提灯や、アメリカ風の煙突付きの家、さらに野菜や果物で模されたアメリカ国旗が印象的で、日系農民たちの農業への貢献を象徴していると感じました。

オレゴン州日系農民のパレード用山車(フロート)展示

オレゴン州日系農民のパレード用山車(フロート)展示

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